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元キャリアウーマン現ブロガーさとみんママが七田式教育で天才児を育てるブログ

1歳10ヶ月の娘を持つ、元バリバリ営業キャリアウーマン。現ブロガー。子どもが生まれてから育児と仕事の両立で「時間貧乏」になるのが嫌で、新卒から10年間働いていた会社をスパッと辞めちゃった人。産業カウンセラーの資格も保持しており、私のブロガーとしての知識を分け与えて、同じように時間に縛られず幸せに暮らせる女性を増やすべく手助けをしていくのが今の夢。子育てにおいては娘を七田式教育の教室へ通わせつつ子どもの可能性を最大限に引き出してあげることを意識して愛情いっぱいの子育てを実践中。時事ネタも興味あり。

【まずはココを読んでね!】初めましての方はこちらから。さとみんってどんな人?

このブログを書いている私の自己紹介

はじめまして。さとみんです。

埼玉県の旧大宮市(現さいたま市)で育ち、今は都内に住んでいるアラサーママです。

 

10年間、大企業でバリバリ働いていた元営業キャリアウーマンです。

出産を機に育児休暇で仕事を離れ、今は育児に奮闘しています。

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三大で好きなものは、

コーヒー、本屋、海外旅行!

 

可愛すぎる娘と家族想いな旦那さんとの生活が何よりもの宝物

私には1児の娘がいます。現在1歳7ヶ月。

公園で走り回ったり、滑り台や、少々難しい遊具にも果敢に挑戦するなど、

とっても元気に育っております。

 

どんなに寒い日でも、雨の日でも、日差しの強い日でも「お外に行きたい!」とせがまれ、今のところ近くの公園や児童館に通う率はナンバーワンです。

 

そんな、娘とべったり生活をしている私ですが、元々はバリバリの営業ウーマンでした。

 

昔あった漫画「働きマン」そのもののように、恐ろしく仕事ばかりしていました。

夜は当たり前のようにコンビニ弁当片手に資料作成やメールの返信をして、家に帰るのは日付が変わってから。

 

家庭想いな優しい旦那と結婚してからも、顔を合わせられるのは朝だけでしたし、夕飯を一緒に食べられるのは週末だけ。

 

そんな、男性に負けじと必死に働いていた私は、無理をして身体を壊したり、

女性が男性と同じように働くことの厳しさを目の当たりにしました。

 

>>【実録!】女性が男性と同じように馬車馬のように働いたらどうなっちゃうの?

 

 

ですが、出産を機に仕事を離れたことで、生活が一変。

そして、人生における考え方も、ガラッと変わりました。

 

現在私は育児休暇中なのですが、あんなに仕事人間だった私が、この可愛すぎる娘と優しい旦那と過ごす平和な生活をどうしても手放したくなくて、会社を辞めることを決断。

 

今は、ブロガーとして、いくつかのサイトやブログを運営して収入を得るようになりました。

 

これであれば、家庭と子育て、そして仕事にバランスよく取り組み、自分のキャリアも自分自身で無限に広げていくことが出来ます。

 

これからはどんどん、この道の第1線で活躍できるよう精進していきます!

 

私の幼少期のはなし

子どもの頃はとにかく内気で友達も少なくて、クラスの中でも最も地味なタイプ

小さい頃から、相手にどう思われるのかを悩んでしまって、自ら行動することが苦手でした。

 

運動も苦手。

体育の授業は毎回地獄だったし、部活動で元気に身体を動かすこともせず、とにかくおとなしい子でした。

 

でも、勉強は運動と違ってやればやる分だけすぐに成果が出ます。

 

「数学のテストの点数何点だった?」

と聞かれることが、男子と交わす唯一の会話だったと思います。

 

中学校の学期テストでトップの点数を取り、その時だけ目立てることが生きがいでした。

 

そんな私は、埼玉県で一番頭のいい県立高の浦和女子高校を受けました。

 

模試でもA判定。

当たり前に、その高校に進学するつもりでいました。

 

勉強しか取り柄が無いのに受験に失敗した

でも、その高校に落ちたのです。

同じ中学校で、私よりも成績が良くなかった友達がたくさん受かった中で。

 

しかも、その合格発表日は私の誕生日でした。

 

「合格したら、お寿司とピザ頼んで誕生日とあわせてお祝いしようね」

 

そう母と話していたのに、家に帰ったら「これ食べてください」と付箋の貼られたホカ弁が置いてありました。

 

泣きながら食べたことを覚えています。

 

行く気がゼロだった女子高へ進学

高校で、私は全く友達を作る気になれず、お昼も1人で食べる日々。

 

高校に入学したら最初に校歌を習ったのですが、私は覚えようなんてせず、口すら開かずに反抗。今思うと、嫌な面倒くさい子でしたね。。。苦笑。

 

でも、この挫折がきっかけで、勉強ばかりの人生は辞めて、新しいことにチャレンジしてみようという気持ちになったのでした。

 

その最初の挑戦が部活動でした。

全国大会で何度も優勝している文科系の部活に入部し、始発で学校へ行き朝練、夜も10時まで部活で練習という日々を送り、私は少しずつ、勉強以外の人生も楽しむ努力を始めました。

 

母が学校へクレームの電話を入れた

そんな学校生活を送り始めたので、私の成績はガタ落ちしました。

それに怒り狂ったのは母でした。

 

朝から夜まで部活をしているせいで、成績が落ちたと思い込み、学校へクレームの電話を入れ、そのことがきっかけで私は部活を辞めることに…。

(部活の時間帯にまでクレームを入れる親って…)

 

その後母との関係は揉めに揉めましたが、私はまたしても勉強で頑張らざるを得ない状況になりました。

 

大きな挫折から這い上がり、第一志望の大学に現役合格

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大学受験は、高校受験の悔しさがバネになりました。

 

もうあんな悔しいは二度としたくなかったし、何よりも、浦和女子高校に進学した人たちに、このまま負ける自分が許せなかったのです。

 

私が大学に現役合格できたのは、確実に、高校受験の挫折のおかげだったと思います。

 

高校卒業後は、いわゆる大学デビューというものを果たしました!

過去の私を知る人はいないから、今までの地味な私にサヨナラしようと思ったのです。

 

髪も染め、オシャレもして、何よりも自分から声をかけて積極的に友達を作りました。

 

また、大学時代に新しい自分になるためにアルバイトに打ち込み、経験したアルバイトは数えたら21種類にまでのぼりました。

 

面白いものをピックアップすると、雀荘のホール、新幹線や特急電車での売り子、モデルまでやりました。

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地味だった私がトップ営業ウーマンに

大学卒業後、大手通信会社に就職して営業として勤務。 

あの、昔は悩みがちで超内気だった私が営業です。笑

 

そこでも、勉強以外の取り柄が欲しいし、自信の無い自分を隠したくて必死に働きました。

 

でも、女性はどんなに頑張っても、男性に「体力」では勝てません。

社会人7年目にはついに過労がたたり、適応障害になり1ヶ月の休職。

 

それでもまた這い上がり、半期に一度トップ営業マンに贈られるアワード賞を二度も受賞することが出来ました。

 

ありがたいことに、30歳で課長職に就き、部下まで出来ました。

 

この頃には、周りの方々から、私の仕事ぶりや女性としての生き方にすごく評価を頂くようになり、

私も自信を持って、

「今の自分が大好き!」

と思えるようになりました。

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その後、勤続10年目の節目の年に第一子を出産しました。

 

過去の私と今の私と今後の私

厳しい母のもとで育ち、

長女として頑張ってきたので人に甘えることが苦手で、

それで悩みながらも必死にやってきて今の私がいます。

 

でも振り返ると、

もっと自分らしく、楽しく生きてきても良かったと思うんです。

 

世の中にはまだまだ面白いことが沢山溢れていると思うので、

これからの自分の人生も、家族みんなの幸せも、

「自分で限界を決めずに最大限上を目指したい」

って思っています。

 

なので、それは子育てにも活かしたい。

旦那さんとの関係にも活かしたい!

 

そう思いながら、試行錯誤して家事や子育てをしています!

 

なので、そういった私の経験や学んだことを

この「Satolog」に書いていったら面白いことが起きるかもしれない!

と思って、Satologを始めました。

 

Satologの語源は、

さとみん+blog

さとみん+log

の2つの意味があります。

 

ブログとして、日々思ったことを発信する。

ログとして、日々の出来事を記録する。

 

このSatologにたくさん記事を書けるように、

これからも毎日悩みながら、成長していきたいと思います。

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メッセージも大歓迎です!

 

ここまでお読みいただきありがとうございました(*^_^*)

 

さとみん